うちのチビが大きくなり、いよいよ中学生になります。
自分が日韓バイリンガルであるため、うちのチビも日本語も韓国語もできます。
ただ、言葉っていうのは日々、使わないと退化していくのですが、日常生活において日本で住んでるため、日本語は自然に学べてます。
そして、自分の妻が韓国人であるため、家では韓国語で妻と話し、それをいつも聞いているチビは自然と韓国語にふれる事ができる環境にあります。
よって、うちのチビ、今では日本人と韓国人の間にはいって、通訳もできるほどになりました。
自分: ”韓国語と日本語を自在に操れるから、日本人と韓国人の間にいると制空権を握ってる感じがするだろ?”
チビ: ”うん、そうだよね。 ぼくの通訳の内容によって、日本人と韓国人の会話をコントロールできちゃうもんね。”
チビ: ”何かかっこいいね、制空権って言葉!!”
ひとつの言語しかできないとこういう感覚ってわからないと思うんですよね。
ある意味、自分やチビは日本人と韓国人の間にいてこそ、存在意義があるのだと思います。
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