チュモン以降、高句麗・新羅・百済の領土は今の韓国・北朝鮮より広い!!

朱蒙の30話ぐらいになるとチュモンは、自分がへモス将軍が息子である事をしり、へモス将軍が夢見ていた古朝鮮の復興を自分のやるべき事と認識しはじめます。

”私の夢は、漢民族により離散した韓民族を救い、失われた領土を奪還する事だ。” というセリフにすべてが込められています。

チュモンが高句麗を建国していくのですが、高句麗を建国したのち、7世紀頃の領土は、下記の地図のようです。

7世紀後半頃になってくると新羅の方が勢いが増してきますが、高句麗の領土って今より広いですね。

今の満州あたりが高句麗の領土ですからね。

韓国で自分が高校に行ってた頃、韓国人の歴史の先生が、昔の高句麗の領土はこんなに広かったんだよ~ って自慢気に言ってた事を大河ドラマを見ながら、思い出しました。


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